【建築の力とは何だろう】2. 「理論」を「リノベーション的な思考」と考えてみる — なぜ建築理論は「勝手でいい」と言われるのか

「建築の理論というのは、極端に言うと根拠はなくていいんですよ。建築家がやったらいいんですよ。建築家がやると、これはもう何を言っているのかわからない。というのも、建築家は何にも根拠をもって言っていませんから。俺はこう思う、こうやった。それしかないんですね。これをやるのが建築論、建築理論だと考えた。」(磯崎新 *1)

「『建築家が勝手に』と言うけれど、勝手でいいんだけれども、歴史の深部を見ながら自分の理論を構築していくとき、何かそこには、いまの時間、短い時間を生きている建築家である自分が、恣意的に観測しただけではない何かを包括しつつやっているぞ、とそういう感じもあるんじゃないですか。」(原広司 *2)

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「理論」を「リノベーション的な思考」と考えてみる

前のページ(【建築の力とは何だろう】1. )で、「建築理論」は建築の伝わりにくい魅力や価値を伝えようとする「言葉」だ、と述べましたが、そもそも「理論(Theory)」という言葉には、どういう意味合いがあるのでしょうか? それは、「建築理論」が「根拠はなくていい」とか「勝手でいい」と言われることと関係があるのでしょうか?

建築理論には伝統がありますし(*3)、もちろん建築以外でも広く使われている「理論」の意味を簡単に定義することはできません。そこで、ここでは「理論」をイメージしやすくするための手掛かりとして、一つのモデルを提案したいと思います。それは、「理論」を「リノベーション的な思考」と考えてみるということです。

建築分野でよく用いられ、「改修」や「更新」を意味するリノベーション(renovation)という言葉をここで使う理由は、これを〈新築・保存・リノベーション〉という三項関係で考えるとイメージをつくりやすいと思うからです(*4)。建築ではこれらを、だいたい次のように使い分けています。

 新築: 既存のものを壊して新しいものをつくること
 保存: できるだけ正確に既存のものを残すこと
 リノベーション既存のものを活用して新しいものをつくること

ここで「理論」を「リノベーション的な思考」と考えてみるというのは、「理論」は、「新築」のように単に新しさを求めるものではなく、「保存」のように単に伝統を守るというのでもなく、「リノベーション」的に、新しいものでも既存のものでも使えるものは何でも使おうとする思考ではないか、と思うからです。

 

「工学」と「歴史」を横断した価値をめざす「理論」

ここで少し話が飛躍しますが、上であげた〈新築・保存・リノベーション〉のセットを、〈工学・歴史・理論〉と比べてみたいと思います。それらは次のように対比づけられると思います。

 工学: 既存のものを乗り越えた新しいものを評価する学
 歴史既存のものを評価する学
 理論既存のものと新しいものとの関係を評価する学

ここで言いたいことは、「理論」が「リノベーション的な思考」であると考えると、同じように「工学」は「新しいものを求める新築的な思考」であり、「歴史」は「既存のものを評価する保存的な思考」と考えられるのではないか、ということです。言いかえると、「リノベーション」が「保存」と「新築」を合わせた(どちらも活用する)価値をめざしているのと同じように、「理論」は「工学」と「歴史」を横断した価値をめざしていると考えられる、ということです。そのように考えると、以下のような比較もできるでしょう。

 工学: 繰り返し再現できる技術(再現性)について考える学
 歴史: 一回だけ起こった出来事(一回性)について考える学
 理論: 技術(再現性)と出来事(一回性)の横断について考える学

このように言うと、理論とは何と中途半端なのか、と思われるかもしれません。なぜ理論は、このようなどっちつかずの両面性を志向していると考えられるのでしょうか? それは、私たちが生きるこの世界が、新しいものと既存のもの、あるいは、再現可能なことと一回きりのこと、そのような両面性を持っているからです。そのような世界でどう生活するかが建築の根本的な問題ですから、それらの横断を考えるところが必要であり、それが建築における「理論」の役割なのだと思います(*5)。

このように「理論」は一見矛盾したものであるため、建築理論は「極端に言うと根拠はなくていい」とか「勝手でいい」などとも言われるわけですが、正確には、そのような議論が勝手なおしゃべりにならないためにこそ「理論」が必要である、と言うべきだろうと思います。

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*1 『T_ADS TEXTS 01 これからの建築理論』東京大学出版会、2014年、27-28頁。

*2 同上、43頁。

*3 以下などを参照。 井上充夫『建築美論の歩み』(鹿島出版会、1991年)、日本建築学会編『建築論事典』(彰国社 2008年)。

*4 〈新築・保存・リノベーション〉のように建築の実践を三項関係として考える枠組みを示したものに、東京大学加藤耕一研究室主催のシンポジウム「時間のなかの建築──リノベーション時代の西洋建築史」(2014年11月29日, 東京大学工学部1号館15号講義室)があります。本ページは、このシンポジウムから影響を受けて書かれています。

*5 このように、「工学」と「歴史」を横断する「理論」の代表例として「進化論」を挙げることができます。吉川浩満著『理不尽な進化ー遺伝子と運のあいだ』(朝日出版社 2014年)では、進化論が『「時間を超えた数量的な一般法則を取りあつかう諸科学」と「歴史の特殊性を直接の対象とする諸科学」のあいだ、(・・・)つまり「自然の説明」と「歴史の理解」のあいだのちょうど真ん中に位置している』ために『どちらの側をも相手にする』『特異な魅力』を持っている(335-336頁)と言われています。