『T_ADS TEXTS 02 もがく建築家、理論を考える』は、日本を代表する建築家たちが、建築をつくる「理論」を、自身の代表作を訪れて語る本です。

「理論」というと難しく聞こえるかもしれませんが、簡単に言えば「人々が納得できる道理」です。建築家は、自らの作品を振り返って、どのような言葉で納得できる説明をするのか? その言葉は、クライアントや一般の人々だけでなく、自分自身を納得させるための言葉でもあるのだということが、この本から読み取ることができます。

 

「建築家は建築そのもので理論を示すべきだ」 そのような意見は、その通りだと思います。しかし難しいのは、建築は普通、ある土地に固定されて動かすことができないため、「建築そのもの」を見るためには、実際にそこに出かけていかなければならない。また、実際に出かけていってその建築が気に入ったとしても、それを持って帰るわけにはいかない。そのため、建築は写真(雑誌、作品集、WEBなど)によって納得することが多くなるわけですが、果たして数枚の写真で、私たちは建築の何を納得できるか?

この本には、ベースになったオンラインの映像講義があり、無料登録によって誰でも視聴することができます(オンライン講義「現代日本建築の四相」案内ページ)。オンライン講義を制作するなかでは、やはり、カメラというフレームから覗くしかない映像と、自分の動きに連動して刻一刻と姿を変える実際の経験は、どうしようもなく別のものだということを痛感しました。しかしそれでも、写真だけで納得するよりも、映像と言葉というメディアも使うことで、建築の経験を少し違ったものとして理解できるのではないかと思います。

 

「もはや巨匠建築家の時代ではない」 この企画を進めるなかで、このような声が何度か耳に入りました。時代の流れを考えると、これもその通りかもしれません。とくに日本では、人口が減少し、空家は増え、もはや建築自体の新しさが前面に出る場面は少ない。建築の歴史を考えても、建築の民主化としてモダニズムが始まってから100年が経ち、その理念やデザイン手法は広く共有され、それを発展させる技術は、もはや建築家やアカデミズムではなく、企業に委ねられているかもしれない。

しかし、だからと言って、これまで建築家たちが考えた理論の意味がなくなるわけではない。むしろ、これからの建築は、理論を共有財産として新しい局面に取り組むべきではないか。それだけの価値のあるものが、戦後の日本では開拓されたのではないか(開拓した建築家は、この本の6人に限りません)。そのような思いで、このシリーズを進めていきたいと思っています。