前のスカルパ空間論_4では、「空間変移とは時間(持続)のことで、建築は時間(持続)をデザインできる」という試論を提示し、今後検証したいと述べました。ここで、このように「空間変移」の可能性を検証する議論を〈変移空間論〉と呼び、そこで検討したい項目を列挙してみたいと思います。これらは筆者の覚え書きのようなものですが、実際にこれらを一人で検討することは不可能ですので、共同で議論を行なえるような環境を模索したいと思っています。

 

(1)建築空間論全般における変移空間の位置づけ

建築において空間が議論されるようになったのは19世紀後半からであると言われますが(*1)、それから百数十年の間にも様々な建築空間論が存在します。本論では、空間図式論として原広司、ノルベルク・シュルツ、そしてルイス・カーンの言説について触れていますが、その他にも、いくつかの建築空間論に本論に通じる問題意識を指摘することができると思っています(*2)。一般に、建築家や研究者が建築の魅力を論じるにあたっては、動的な空間のあり方を問題とする伝統があった、と言うことができると思います。

(2)分析対象建築の拡大

建築の空間変移について一般的に論じようとすれば、もちろんスカルパ作品の分析だけでは足りません。スカルパほど徹底している建築家はいないと思いますが、たとえば、アドルフ・ロース、ル・コルビュジエ、戦前のミース、テラーニ、ジャン・ヌーヴェル、槇文彦、SANAAなどの作品には同様の志向を指摘できると思います。また、スカルパも好んだ日本の伝統建築、あるいはボッロミーニのようなバロック建築を変移空間の観点から分析することも興味深いと考えます。

考え方によっては、変移空間は現代建築の一傾向であると考えることもできるかもしれません。すると、スカルパを現代建築の先駆者と位置づけることもできますが、それでもなおスカルパが特別だと思われる点として、用いられる変移パターンの広範さと、デザインを駆使しながらそれに気づかせない点を挙げることができると思います。スカルパのデザインは、気づかせるというより感じさせる、際立つというより染み渡るようなもので、観察者をいつの間にか「空間変移=持続」に巻き込みます。それは「人工」と「自然」の概念、あるいは「建築」と「環境」の概念を横断している、さらに言えば「わかること」と「わからないこと」をまたいでつないでいる、と思われます。

(3)建築空間史の構想

これはまだ思いつきに過ぎませんが、変移空間の視点から建築史を眺めたとき、時代や地域による違いを言うことができないか、考えてみたいと思っています。

(4)都市の変移空間

スカルパ空間論_2 において、スカルパが「凄い」ことの一つの要因はヴェネツィアを背景にしているからだと述べました。もっとはっきり言えば、論文で指摘したスカルパ作品の空間変移パターンは、すべてヴェネツィアの都市経験に指摘することができると思っています。つまり、それは元々都市環境に現れているパターンだと考えられます。このような視点から一般に都市を眺めたとき何が言えるのか、考えてみたいと思っています。

(5)空間論全般における変移空間の位置付け

空間は建築に限らず、哲学、政治学、社会学、心理学、数学、物理学、生物学など、様々な分野で問題となるものですが、その原点には建築で捉えられる空間があるだろうと考えています。なぜなら、空間の原点には、人間が自らの身体によって捉える空間があるはずだと思うからです。

そもそもなぜ、様々な空間は等しく「空間」と呼ばれるのでしょうか? 筆者は、それらの共通性は「何かが動きうる範囲」ということではないかと考えています。「動きうる」とは、そう解釈する主体がいるということです。「何か」の始まりは「自らの身体」だと思いますが、成長あるいは進化にしたがってあらゆる対象(他者、意識、電子、情報など)が想定可能になると考えると、この解釈はかなり広範囲の「空間」に適応できるように思います。つまり、空間とは一般に、『そこを「何が」「どのように」動きうるかが問題とされる範囲』と言えるのではないでしょうか。〈変移空間論〉は、そのような「空間」の理解と構想の戦略を模索したいと思っています。

(6)変移空間と時間の関係

「空間変移は時間(持続)だ」と提案しましたが、それを検証することは遠い道のりです。
時間(持続)を「多様な差異を含むことができる一つの連続体」と考えると、そのデザインとは、「多種多様な物や情報にあふれた環境を、差異を含んだまま(単純化せずに)把握するための生命の能力、あるいは戦略」とも考えられ、重要な意味があるように思います。

(7)変移空間とコンピュテーショナル・デザインの接続

デザイン要素をパラメーター化して組み合わせるコンピューテーショナル・デザインは大きな可能性を持っていますが、現状では一般に、形態や生産といった「物」を扱っており、「空間」や「時間」を問題にする段階には至っていないように思われます(ここで言う「空間」「時間」は、外から見える「ボイド」「ネットワーク」「動く物」などではなく、観察者がそこに入り込んだときに捉える「範囲」「変移」などです)。空間図式や空間変移はコンピュテーショナル・デザインとつながりうるのか、つながったとすると何が起こるのか、考えたいと思っています。
簡単に言えば、変移空間とは現象学的な空間です。それがコンピュテーョナルにつながりうるか、という問いは、現象学がコンピュテーショナルとどうつながるのか、という問いに関係していると思っています。

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*1 コルネリス・ファン・デ・フェン『建築の空間』佐々木宏訳、丸善株式会社、1981年、Vページ。

*2 たとえば以下など。アードルフ・フォン・ヒルデブラント『造形芸術における形の問題』加藤哲弘訳、中央公論美術出版、1993年。 モホリ・ナギ『ザ ニュー ヴィジョン』大森忠行訳、ダヴィッド社、1967年。 コーリン・ロウ「透明性—虚と実」『マニエリスムと近代建築』伊東豊雄・松永安光訳、彰国社、1981年。 槇文彦「奥の思想」『見えがくれする都市』鹿島出版会、1980年。 磯崎新「闇の空間」『空間へ』鹿島出版会、1997年。

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– スカルパ空間論_0 : WEB公開資料
– スカルパ空間論_1 : 研究の経緯
– スカルパ空間論_2 : WEB公開の目的・スカルパの「凄さ」
– スカルパ空間論_3 : 空間変移とは何か・空間変移パターンの二系列《群と穴》
– スカルパ空間論_4 : 「時間がデザインできる」根拠(試論)
– スカルパ空間論_5 : 〈変移空間論〉の展望